Hisashi Miura Miscellaneous Essays


芸術は人を椅子から立たせ、別の空間に移動させるもの
- ボブ・ディラン


今月号のPLAYBOYのディランのインタビューを訳して感じた最初の印象は、ディランが穏やかになったということだ。このぼくの印象は、ドキュメンタリー・フィルム『ドント・ルック・バック』の中で、24歳のディランが『タイム』の初老の記者を、こっぴどくやっつけるシーンが脳裏に焼き付いているからだ。

あの時のディランは、すべての答を所有しているかの如く振舞い、攻撃的で、辛らつだった。それが今度のインタビューでは、インタビュアーに対して協力的であり、積極的に語り、説明している。しかし、いかに彼の周囲との係わり方が変化しようとも、そしてそれは年と共に誰でも変化して行くものなのだが、当時も、今も、彼の芸術的活動の本質的な部分は変わっていないように思われる。

アルバム『ディザイアー』(普通『欲望』と訳されるが、林たか子さんは『煩悩』と訳している)の中に「コーヒーもう一杯」という歌がある。最初に聞いた時は、その異様なメロディーに驚いたが、このインタビューを読み納得できた。この歌の歌詞、特にコーラスの部分は忘れ難い。

   道行くためにコーヒーもう一杯 
   旅立つ前にコーヒーもう一杯
   谷へ向かって下りて行く前に

これを聞いた時、宮沢賢治の「堅い瓔珞(ようらく)は・・・」という詩を思い出した。その詩の最後の部分。

   こんなことを今あなたに云ったのは
   あなたが堕ちないためではなく
   堕ちるために又泳ぎ切るためにです
   誰でもみんな見るのですし また
   いちばん強い人たちは願いによって堕ち
   次いで人々と一緒に飛騰(ひとう)しますから

賢治はこの詩によって菩薩のことを歌っている。ディランが彼の使命について問われた時、芸術家の使命は、人々を目覚めさせることだ、と答えたのを思い出す。

インタビューの中で、ディランは古い歌に新しい生命を与えることについて語っている。その最もよい例が、『激しい雨(ハード・レイン)』の中の「ワン・トゥー・メニー・モーニングス」だ。

アルバム『時代は変わる』の中の、もとの歌も良かったが、『激しい雨』において、この歌は完全に生まれ変わった。もとの歌とメロディーはまったく違ったものになっている。言葉を注意して聞かなければ、同じひとつの歌だとは思えない。

新しい「ワン・トゥー・メニー・モーニングス」のコーラスのメロディーの美しさは比類のないものだ。ディランについては何も知らずに、このコーラスの部分を聞いて感動した多くの人たちをぼくは知っている。ディランは芸術というものは、人を動かすものだ、と言っている。ひとつの空間から別の空間へ移動させるものだ、と言っている。この歌のコーラスの2、3行のメロディーだけで、ディランは人を椅子から立たせることができる。

またインタビューの中ほどは、彼の制作した映画『レナルドとクララ』についてさかれている。この映画の言わんとするところは、自分自身から疎外されている人間の本質についてであり、自由になり、生まれ変わるためには、一度自分の外に出なければならないということだ、とディランは説明している。

別のところで、ディランがグルジーエフの"It's best to work out your mobility daily."という言葉を引用した時、インタビュアーは"mobility"を単に放浪して歩くこと、と誤解したが、これは、現在いる場所で、執着なく、自由に「転がる石のように」動けること、を意味すると理解しなければならない。

ディランの芸術活動の根底には、歌であれ、映画であれ、このモービリティーの探求、つまり、臨済の言う「随処に主となれば立処皆真なり」の世界の探求が、彼の初期の時代から今に到るまで、変わらずにあるように思える。
月刊『プレイボーイ』1978年4月号


update 11 Jan, 2002



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